2006年08月24日

日本人の思想

皆が漠然と感じている問題にメスを入れ、問題点の発見と、その改善を試みていきます。
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体制 大衆の思想

まず、生産手段の私的所有制と科学技術を前提に、基本的にはこのままでやっていけると考え、進歩や繁栄の未来を信じている<体制・大衆の思想>があった。これは、いろいろヴァリエーションはあるが、政治的結論をどうするか、いざ投票となったら、結局、自民党に入れるという思想だと思えばいい。日本人の過半数以上は、1955年の保守合同・自民党結成以来89年の参議院での逆転まではずっと「保守安定政権」に票を投じ続けてきた。そういう意味でいえば、自民党を代表とするようなものの考え方が、日本の主流をなす思想だといってまちがいない。

建て前はヒューマニズム、本音・実際の日常は広い意味での身内主義と利益快楽主義、その底にはエゴイズムとニヒリズムが潜んでいる、ということになると思う。

「みんな人間は結局一人であり、死んだらそれまでであり、最後は自分のことしか考えていない。人間というものはそういうもので、それでけっこうやっていけるし、それはしかたのないことだ。しかし、それを全面的にむき出しにすると、世の中上手く行かないから、ある程度は抑えて、(身内だけは)またまた、なあなあとなかよくしながら、科学技術を進歩させ、経済をいっそう成長させて、みんなお互いにもうけて、一回しかない人生を楽しんでいこう。その場合、身内はもうけさせるけれども、身内でないものは儲からなくても、それはしょうがない、それにパイが大きくなれば、分け前も多くなるから、少々の不平等なんか問題ではなくなる・・・」といったところが、そうとう多数の日本人の本音の思想ではあるまいか。

 エゴイズムの問題性について、全然自覚していないか、あるいはたいしたことではないと思っているか、しかたないとあきらめているか、ニュアンスの差はあっても、ともかくエゴイズムを前提にした経済的繁栄志向、それを覆い隠す身内ヒューマニズム、軽薄な快楽主義、その底にある空恐ろしいまでのニヒリズムと退廃の組み合わせが、日本のいわば「国民の思想」「大衆の思想」ではないかと思われる。

 特に経済的繁栄志向は、基本的には明治以来で、「富国強兵」から日米安保体制下の「高度経済成長」そして「経済大国」まで敗戦をものともせず一貫として続いている。

(岡野守也)
posted by tetugaku at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人の思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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