2006年08月25日

変革運動への失望と経済的繁栄@

変革運動への失望と経済的繁栄@

ところで、69年、東大安田講堂のバリケードの機動隊による強制撤去に象徴される学生運動の政治的鎮圧によって、日本の文化・思想状況は大きく変化した。
まず、体制とその意向を受けた諸大学の当局はほとんど例外なく、学生の問いかけに知によって答え説得することが出来ず、力で物理的に排除することによって問題を解決ではなく処理した。ここで日本の知の世界の根本的な退廃が始まったといって良いだろう。
そして、全共闘運動に加わった人の中には、闘争が終わると、外から見るとかなり安易に体制に妥協したとしか見えない「就職」をした人も少なくなかったようだ。またその後、全共闘世代は良質な部分さえも、長い間沈黙を続けた。何のために闘争をしたのか、それをどう持続するのかといった問いに対して、世代全体としてはほとんど答えてこなかった。全共闘もそれを支持した知識人たちも「体制否定と自己否定を同時に」というスローガンをどう実践するかという根本問題について停滞してしまったのだ。闘争の敗北による各個人の内面の傷や葛藤には同情すべきものがあるにしても、それを見ていた後の世代から「あの人たち結局何やったの。勝手に騒いじゃってさ」という目で見られたのは当然だろう。全共闘世代の挫折・沈黙が後の世代のシラケを誘発した面があることは否定できない。
 さらに、最も典型的には連合赤軍の浅間山荘事件、それに前後して頻発した内ゲバ事件などによって、新左翼もやはり自らの党派・権力を守るためにはどんな残酷なことでもやってしまう体質をなんら抜けていないことが明らかになった。もっと俗に言えば、「新左翼はこわい」という印象、それまでにもあった「暴力学生」のイメージからさらにエスカレートして「ヤクザみたい」という印象が出来てしまったのではないか。
 ここでソ連型、日本共産党型共産主義に対する失望に重ねて、今度は新左翼や学生運動への失望も広い範囲で起こったわけである。そこで、何が起こったかというと、変革運動への失望、「変革運動したって、しょせんダメだ」という感じが日本全体に広がったのだ。
posted by tetugaku at 13:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人の思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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